ビタミンD発見の歴史
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ビタミンDはどのようにして発見されたのでしょうか?
★1919年、
室内(日光が当たらない部屋)で、犬を使って実験をしていたエドワード博士が、
「食物の中の特定の微量物質が不足すると、
骨の病気やくる病(骨軟化症)が生じるらしい。」
ということを発見しました。
★1921年、
彼は書物の中で、「この疎水性の物質は、油溶性ビタミンであろう。」と書いています。
当時、「油溶性ビタミン」といえばビタミンAでした。
しかし、その後すぐに、 マッコーラム博士によってビタミンAと 、
くる病に効く物質、ビタミンDの分離がなされたのです。
★1923年
ところが、“ビタミンDの発見”からわずか4年後に、
「ビタミンDは人体の中で合成される」ということがゴールドブラット博士によって発見されました。
「皮膚の中に存在するビタミンDの前駆体(コレストロールの一種)に日光を照射すると、
ビタミンDと同じ物質が生成される。」
ということがわかったのです。
ところが、当時の栄養学は急速な発展を遂げていて、新ビタミンの発見も相次いでました。
流れに押される形で、ビタミンDは「抗くる病因子」として“ビタミン”の称号を剥奪されることなく、
今に至っているということなのです。
だから、「ビタミンD」は人間の身体の中で合成される唯一のビタミンなのです。
ちゃんとしたビタミンの定義がありながら、例外的にビタミンDがあるのは、
「ビタミンD」という物質が身体にとって絶対に不可欠なものだ!
と言うことのなのでしょう。
実際、日光の照射量が少ない地方では、「ビタミンD」は、
食物から摂らないと足りない物質ですから、
「ビタミン」と言っても差し支えないのかもしれません。